大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和46年(ワ)234号 判決 1974年10月16日

主文

一  被告らは各自原告に対し金四二六万円およびこれに対する被告有限会社大善運輸、同相馬脩二は昭和四六年八月七日より、被告道口敏夫は同年同月一一日より各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

五  被告有限会社大善運輸、同相馬脩二においてそれぞれ金五〇万円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一  原告は昭和四四年六月五日午後七時一五分ごろ水戸市元山町二丁目三番三九号付近道路上を大工町方面より見川町方面に向け原動機付自転車(以下原告車という)を運転して進行中、対向進行して来た被告道口運転の普通乗用自動車いすずベレル(茨五せ五、二七六号)(以下被告車という。)に衡突され、加療約一年間を要する両大腿骨々折、睾丸裂傷等の傷害を蒙つた。

二  責任原因

1  被告道口

同被告は見川町方面から大工町方面に向かい進行中、先行する軽四輪自動車を追越そうとしたが、このような場合自動車運転者としては反対方向からの交通等に十分注意し道路の状況に応じてできる限り安全な速度と方法で進行すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、対向進行して来る車両の有無を確認することなく、漫然時速約六〇キロメートルで道路右側部分に進出して追越を開始した過失により本件事故を発生させたものであるから不法行為者として民法七〇九条により本件事故によつて原告に与えた損害を賠償すべき義務がある。

2  被告会社

被告道口は被告会社に勤務し自動車運転の業務に従事していたが、本件事故当日仕事を終え、被告会社の車庫がある永戸市見川町六四〇番地の一に戻り、さらに、同市大工町一丁目六番一七号にある被告会社事務所に仕事の連絡に行く途中本件事故が発生したもので、被告会社の業務執行中の事故であるから、被告会社は使用者として民法七一五条一項により損害賠償責任がある。

3  被告相馬

同被告は本件事故当時被告会社の代表者であつたが、被告会社は資本金一二〇万円で取締役も相馬一族によつて構成されているいわゆる同族会社であつて、被告相馬はその運送事業の経営はもちろん具体的な運送計画の立案、運転手等の監督も行つていたものであるから、使用者に代つて事業を監督する者に該当し、従つて民法七一五条二項により本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

三  原告の損害

1  喪失利益金二九五万八、七五〇円

原告は昭和四四年六月五日より昭和四五年一一月一五日までの五二九日間水戸市内の山本病院で入院治療を受けて治癒した。しかしながら、左右膝関節がもと通りになおらず、労働者災害補償保険にいう九級の後遺症と認定された。

原告の収入は月額金五万円であり、本件事故当時二七才であつたから、就労可能年数は三六年である(新ホフマン係数二〇・二七五)。しかして、後遺症九級の労働能力喪失率は三五パーセントであるので、以下の数値を基礎にして原告の六三才までの喪失利益を算出すれば金二九五万八、七五〇円となる。

(算式……………5万円×12×20.275×35/100=295万8,750円)

2  慰謝料金三〇〇万円

原告は本件事故により前記傷害のほか骨髄損傷をも受け、山本病院で入院治療を受けた後水戸協同病院において診断を受けた結果、昭和四七年三月二八日勃起不能、性交不能および排管障碍からくる頻尿および便秘などの後遺症があり、当分の間安静加療を要すると認定された。しかも、被告らは全く本件事故について誠意を示していない。よつて、原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛は金三〇〇万円をもつて慰謝せらるべきが相当である。

3  弁護士費用金三〇万円

被告らは原告に対し全く誠意を示さないので、原告はやむなく原告代理人に本訴提起を委任し、着手金一〇万円を支払い、かつ、報酬として金二〇万円を支払うことを約した。

四  よつて、原告は被告らに対し損害額合計金六二五万八、七五〇円の内金五〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求めると述べ、被告らの抗弁事実は否認すると述べた。

被告らはいずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

被告会社および被告相馬訴訟代理人は、

一  請求原因一の事実は不知。

二  同二の事実中

1  は不知。

2  のうち被告道口が被告会社に勤務し、自動車運転業務に従事していたこと、本件事故は被告道口が被告会社の仕事を終えた後に発生したものであることは認めるが、その余は否認する。本件事故は被告道口が勤務時間終了後私用で被告車を運転していた際に発生したものである。

3  のうち、被告相馬が本件事故当時被告会社の代表者であつたことは認めるが、その余は否認する。

三  同三の事実は不知。

と述べ、仮定抗弁として、

本件事故の発生は原告が無灯火かつ無免許で原告車を運転した重大な過失に基づくものであるから、過失相殺を主張する。

と述べ、

被告道口は

一  請求原因一の事実中原告主張のような交通事故が発生したことは認めるが、その余は否認する。

二  同二の事実中

1  は認める。

2  のうち、被告道口が被告会社に勤務し、自動車運転業務に従事していたこと、本件事故は被告道口が被告会社へ仕事の連絡(当日の仕事の結果報告と翌日の仕事の打合わせ)をしに行く途中で発生したものであることを認めるが、その余は争う。

3  は争う。

三  同三は否認する。

と述べ、抗弁として、

(一)  本件事故は原告の無免許運転の過失にも基づくものである。

(二)  被告道口は原告に対し本件事故によつて蒙つた損害の賠償として昭和四五年一〇月より毎月金一万円または金一万五千円づつを支払つている。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  請求原因一のうち原告の負傷の点を除くその余の事実および同二、1の事実は原告と被告道口との間では争いがなく、原告と被告会社および被告相馬との間では成立に争いのない甲第一号証の一、四ないし九、一一、一二によつて認められる。しかして、弁論の全趣旨によつて成立の真正を認める甲第一号証の二、三、原告本人尋問の結果(第二回)によつて成立の真正を認める甲第四号証によれば、原告は本件事故により両大腿骨々折、睾丸裂傷等の傷害を受けたことが認められる。

それ故、被告道口は不法行為者として民法七〇九条により原告に対し本件事故によつて蒙らせた損害を賠償すべき義務がある。

二  そこで、被告会社が民法七一五条一項による使用者責任を負うか否かにつき検討する。

前出甲第一号証の七ないし九、証人安島功、同郡司時雄の各証言、被告相馬脩二の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば被告道口は被告会社に自動車運転手として雇われ、午前八時三〇分から午後六時までの間被告会社の業務である運送業に従事し、被告会社のコンテナ車を運転して協同乳業の水戸営業所からその各代理店ヘアイスクリームを運搬していたが、通常、右運搬業務を終えた場合は水戸市大工町附近の給油所で運搬車にガソリンを補給した後その近くにある被告会社事務所でもあつた被告会社社長宅に寄つて当日の仕事の結果報告および翌日の仕事の連絡をすませ、同社長宅で夕食をとつた後運搬車を運転して同市見川町六四〇番地の一所在の被告会社車庫にこれを格納し、車庫に併設されていた被告会社独身寮に入り、翌朝運搬車を運転して社長宅に行つて食事をし、仕事に出発するという経過をとることが多かつたが(たゞし、給油および仕事の連絡などは仕事に出発する当日の朝になされることもあつた)、毎月五日の給料日などには仕事を終えた後まず右車庫に運搬車を格納し、同所に被告会社社長がたまたま居合わせた場合は仕事の報告および連絡をすませた後食事をするため、また、被告会社社長が居合わせなかつた場合には仕事の報告および連絡と食事をするため、マイカーなどで前記事務所兼社長宅に赴き、右の所用をすませた後水戸市内で飲酒したりなどしていたこと、ところで本件事故当日は給料日であつたところ、被告道口は、仕事を終え前記車庫に運搬車を格納したが、社長(当時被告相馬)が居合わせなかつたので、仕事の報告および連絡をし、また社長宅で食事をするため、さらには給料を受領したうえ、訴外安島功に対し同人から買受けた被告車の代金の一部を支払うため、被告車を運転し、右安島の運転する自動車と相前後して車庫を出発し、社長宅に向う途中本件事故を惹起したこと、以上の各事業が認められ(以上の事実中被告道口が被告会社に雇われ、自動車運転業務に従事していたことは当事者間に争いがない)、右認定に反する被告相馬脩二(一部)および被告会社代表者の各本人尋問の結果はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定したところによれば、本件事故は被告道口がその本来の運搬業務を終え、勤務時間終了後に発生したものであるとはいえ、これに附随または関連する業務の遂行中に惹起したものとして、民法七一五条一項にいわゆる「事業の執行につき」生じたものというべく、従つて、被告会社は同条による使用者責任を負わなければならないこととなる。

三  つぎに、被告相馬が民法七一五条二項のいわゆる代理監督者責任を負うか否かにつき検討する。

被告相馬脩二および被告会社代表者の各本人尋問の結果によれば、被告会社は小型貨物自動車運送業を営業目的としていたが、本件事故当時資本金一二〇万円で、二トントラツク五台を保有していたこと、役員は被告相馬を代表取締役とし、取締役はその弟訴外相馬貞夫のほか現在の被告会社代表取締役沢畠八郎、監査役は被告相馬の父であり、また、被告会社の業務に携わる者は役員を含めて五、六名に過ぎず、小規模のいわゆる同族会社であつたこと、その会社業務の遂行にあたつては当時の代表取締役であつた被告相馬が現実に被告道口を含む被用者の選任、監督にあたり一切の指揮をなしていたことが認められるから(以上の事実中、被告相馬が本件事故当時被告会社の代表取締役であつたことは関係当事者間に争いがない)、被告相馬は民法七一五条二項により代理監督者責任を負うべきものである。

四  すすんで、被告らの過失相殺の抗弁につき検討するに、前出甲第一号証の六、九、一二、証人椎名章の証言と原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は本件事故当時、無免許、無灯火で原告車を運転していたこと、右無灯火の点も本件事故発生の一因をなしたことが認められるが、右無免許の点が本件事故発生の一因をなしたことを認めうる証拠はない。

よつて、原告の右過失を損害額の算定にあたり斟酌すべきこととなるが、その過失割合は原告につき二程度、被告道口につき八程度と定めるのが相当である。

五  原告の損害

1  喪失利益

成立に争いのない甲第三号証、原告本人尋問の結果(第二回)によつて成立の真正を認める甲第二号証の一、二、第四号証と原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は昭和四四年六月五日より昭和四五年一一月一五日までの五二九日間水戸市千波町山本整形外科で入院治療を受けて治癒したが、左右の膝関節がもと通りになおらず、自賠法施行令別表後遺障害等級の併合九級に相当する後遺症が残存していること、原告は本件事故当時二八才で水戸市大工町三丁目六番一号クリーニング店トキワ商会こと高橋勇三方に店員として勤務し、月額金五万円程度の収入を得ていたことが認められる。そうすると、原告の就労可能年数は三五年で、そのホフマン係数は一九・九一七であり、後遺症九級の労働能力喪失率は三五パーセントであるから、以上の数値を基礎にして原告の六三才までの喪失利益の現価を算定すれば、原告の請求する金二九五万八、七五〇円を越えることは計数上明らかであるから、同金額の支払を求める原告の請求は特段の事情の存しない限り正当であるが、原告には前記過失があるので、これを斟酌し、原告の請求しうべき喪失利益額を金二三六万円と定めるのが相当である。

2  慰謝料

原告本人尋問の結果(第一回)によつて成立の真正を認める甲第六号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)に水戸協同病院に対する調査嘱託の結果を総合すれば、原告は本件事故により前記傷害および後遺症のほかに骨髄損傷をも受け、前記山本外科退院後水戸協同病院で診断を受けた結果、昭和四七年三月二八日勃起不能、性交不能、排管障害からくる頻尿および便秘などの後遺症があり、当分の間安静加療を要するものと認定されたことが認められ、この事実に原告の治療期間原告の前記過失その他諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的苦痛は金一六〇万円をもつて慰謝せらるべきが相当であると認められる。

3  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば被告らが原告に対し任意に損害を賠償しないので、やむなく原告は原告訴訟代理人に本訴提起を委任したことが認められ、これに本訴請求額、認容額、事案の内容難易、訴訟遂行の状況その他諸般の事情を考慮し、損害として請求しうべき弁護士費用の額を金三〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

4  なお、被告道口の弁済の抗弁を認めうべき証拠はない。

六  以上の次第で、原告の本訴請求は金四二六万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日(それが被告会社および被告相馬につき昭和四六年八月七日、被告道口につき同年同月一一日であることは記録上明らかである)より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各自支払を求める限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。

七  よつて、民訴法八九条、九二条本文、九三条第一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田昭雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例